三浦半島の先にある、観音崎
大きな公園ですが
明治時代から国防の要として
東京湾要塞が作られた場所です。
2月14日に行われた
砲台見学ツアーに参加してきました。
基礎部分のアーチは
通気性を考えて設計されました。
平成23年までは、モルタルで白塗りされ
「青少年の村」集会室として
利用されていたそうです。
なごりのフクロウが、こちらを見ていました。
館内は当時の木組みが見られます。
最初から見ごたえ抜群ですが
ここで一時間の座学を受けて、いざ出発。
北門第一砲台跡は
日本で最初の西洋式砲台
煉瓦の積み方で
作られた時代がわかるそうです。
隙間を埋める黒いものは、天然のアスファルト。
当時、秋田県で産出されていたものを使用
第三砲台跡。
四角いくぼみは
弾丸を置いておくための空間
旧陸軍が明治10~20年代にかけて
9つの砲台を建設
日清戦争、日露戦争時に
戦闘態勢につきましたが
実戦で発砲はされなかったそうです。
兵器の進歩で航空戦へと変わり
戦艦を狙うための大砲では、飛行機に届かないため
大正時代に廃止されていった砲台。
三軒家園地砲台跡
「陸軍の迷彩色」が塗られています。
この日の参加は16名
説明を聞きながら、3時間ほど公園内を散策。
傾斜のきつい細い山道もあり
いい運動になりました。
「防衛施設庁」の文字
第ニ海保(保の下に”土”)も見えました。
人の手で作られたと考えると
ものすごい労力に驚きます。
関東大震災で
崩れた場所もあるそうです。
植物に囲われてゆく砲台跡
大砲が設置されていた場所には
当時のアンカーボルトが残っていました。
転ばないよう、気を付けましょう
山道から見えた観音崎灯台。
1869(明治2年)に点灯した、日本初の洋式灯台で
震災で2度倒壊し、今の灯台は
大正14年に再建されたそう
各所をわかりやすく説明していただき
観音崎の歴史を知り
充実した時間を過ごしました。
説明を受けて「めがね橋」の下を覗くと
驚くほど深い切通しがありました。
ただ通るだけでは気が付かないですよね。
橋の根元に残る、昔の煉瓦など
研究家ならではのポイントも盛りだくさん。
ツアーに参加して、良かったです!(感動)
展望台には、戦没船員の碑