DUCATI 3

オーダーの方法・お問い合わせについて   DUCATIの絵 ↑ をクリックするとホームページにJUMPします♫

2024年2月20日火曜日

週2で、野良猫だった話。




横浜の、最も横浜らしい場所

それは「横浜市中区」









その”オシャレ中区”

京浜東北線の山手駅に

ギターを背負って降りたのは

2月12日(月祝)のこと。








山手駅前のビルの地下に

「インバーハウス」という

ライブハウスがあります。







5年前に知り合った

ウクレレ仲間の YUKOさんと

新しいユニットを組んで

 




初めてのステージでした。







インバーハウスでは

参加するユニットには”名前”を付けなければいけないらしく

一回目の練習の後、焼き鳥屋で飲みながら

決めた名前は「ちょい飲みセンター」




ほろ酔いで、窓から眺めたお店の看板を

2つ組み合わせたという

誠にふざけた名前ですな。(けしからん)笑







初ステージの直前に

ちょい飲みは、ちょいマズイと気が付き(笑)

「野良猫カーニバル」と命名。






2人とも、そこそこ緊張しましたが

YUKOさんの、堂々たる歌声が

一瞬で会場の空気を変えました。



ホント、すばらしい表現力。





最高に楽しい30分。

数々の失敗にもめげず(笑) やりきりました♬



La Banba

スローバラード 

Fry Me To The Moon

Love Me Tender

深夜高速

新しい町




次の演奏に向けて

ギターを、もっと練習するぞ!と決意した夜でした。











そして、18日の日曜日

知り合いの大先輩に

「お気に入りの店で演奏しませんか」とお誘いいただき

ギター担いで茅ヶ崎へ





白梅を見るたびに吸い付く






砂まじりの懐かしい町

茅ヶ崎の駅を降りて 東へ歩きました。





目指したのはここ

スパニッシュな建物の中にある





「スタジオカフェバルTODO」







この日は、

お酒を飲みながら、のんびり演奏できる

オープンマイク。






6人が参加するということでしたが

偶然にも、我らウクレレ仲間が集まりました。

誘い合わせていないのに、茅ヶ崎で会うとは

世の中は狭いですね。



ワインたくさん飲んで

酔っぱらった。笑

TODOのママと♬




運命の、野良猫ミーティング。笑






さっそく何曲か合わせて演奏しました。





印象に残ったのは、

YUKOさんのブルージーな一曲



Yokohama Honky Tonk Bluesを

替え歌にした ”Ikasama Honky Tonk Blues”

最高でした♬










楽しかったなー♬

とにかく、私はもっと練習します!









少しでも興味を持ったこと

やってみたいと思ったことは

結果はともあれ、手を付けてみよう。


と、言ったのは本田宗一郎氏。





野良猫カーニバル

楽しく頑張ります♬










2024年2月5日月曜日

箱根の森と、HONDA CB1100RD






愛車の絵を描いてほしい。とのオーダーです。






箱根をツーリングした思い出。



愛車は、HONDA CB1100RD

1983年に限定生産されたスポーツバイク。







アクリル絵の具での製作です。

背景を仕上げて、車体の色を塗ります。






「R」はレーシングバージョンを意味する



レースで使用することを想定した車両。

「RD」の製造台数は、全世界で1500台、

ヨーロッパ、オーストラリア向けに作られた

レアな車両なのです。




さらにこちらの車両は

塗装にメタリックやグラデーションが入っているので

”輝きと深み”を表現するのが難しかった。









最後に、FCRのキャブを描き込んで

完成しました。











背景は、オーベルジュ・オーミラドー

1986年創業の、日本で初めてのオーベルジュです。













描き入れた「2024」

今年初めてのサインでした。




愛車の絵描きを始めて、18年目の署名に

気持ちが引き締まります。




イベントには出ていませんが、

「愛車の絵描き」は続けてますよ♪



























 

2024年2月1日木曜日

生命のバトン

 




春のように暖かい 1月の最終日

朝から、東京へドライブ。













24日に出産した娘が

退院するので、お迎えに行きました。









28年前に、私のお腹にいた子が

昨年結婚して

お母さんになったのです。




時の流れは早いものですね。








赤ちゃんを抱く娘を見て

感動しました。





小さくて、暖かい

愛おしい孫の姿を見て、もうデレデレ。

ですよね。笑













生命のバトンは

こうして受け継がれていくんだ、と

感慨深いものがありました。




育ててくれた両親や、祖父母にも

想いを馳せます。





自分が子育てしている時は

仕事に追われて

余裕がなかったなぁ。。と反省したり










”もみじのような 小さな手でも

いまにつかむよ幸せを”

と歌った

大泉逸郎さんも、山形の人。(「孫」)







新米パパママ、がんばれ。




応援しているよ。

困ったことがあったら、助けに行くからね。













ーーーーー余談ですが

このブログの動画を、Instagramに載せまして

BGMに、石田長生さんの「Mother’s Song」を選びました。

大好きな曲です。

今年中には、弾き語りが出来るよう練習します!

(ブログに書いて自分にプレッシャー)笑





2024年1月23日火曜日

さよなら茅ヶ崎。











娘が結婚して

引っ越したのを機に











茅ヶ崎の家に残っていた

私の本や家具を、引き上げることにしました。













17年前にシングルマザーになり

私は絵を描いて、

日本中を駆け回りながら

成長する娘を、見守ってきました。





















笑って泣いて 時にはケンカして

2人で暮らした

たくさんの思い出を整理するのは

寂しくて愛おしい時間でした。











 





20年暮らした茅ヶ崎は

これまでの人生で一番長く住んだ場所。

大好きな街です。







最寄りの駅は、辻堂。

大きな海浜公園があります。









あの家から、海まで500m。








自転車に乗って

海へ続くゆるやかな坂を

毎日(飽きもせず)走っていました。笑


















海岸で

右をみると、烏帽子岩

左には、江の島









私は再婚して、横浜に引っ越し5年が経ちました。


茅ヶ崎には娘が残り、時々立ち寄っていたので

まだ身近に感じていたのです。











大好きだった海辺の街。

楽しい思い出がたくさんあります。





いろんな人に出会い

お世話になりました。





ありがとう茅ヶ崎。






淋しいけれど

思い出を大切にしよう。









実は、茅ヶ崎が好きすぎて

FaceBookのプロフィールを

ずっと変えずにいたんです。





もう娘が住んでいないこと、

そして自分の荷物を引き上げたことで

ようやく諦めがつき 

さきほど居住地を「横浜」に変更しました。











さよなら茅ヶ崎。







とはいえ、近いので

これからも訪れます。笑






2024年1月11日木曜日

親父の歌。



1月11日は、父の命日です。



懐かしく写真を眺めていたところ

ふと違和感を覚えて よく見ると








タバコを鼻にさして

いたずら顔で笑う父がいました。





今まで気が付かなかった。。笑






そこで思い出したのが

10年前

東京のバーで、同じことをした夜。








歴史は繰り返される。

父よ、私は あなたの娘です。笑




18歳で家を出た私と、無口だった父。

もっといろんなことを話したかった。


会いたいなぁ。

故郷の空に、手を合わせました。









命日にちなんで

今夜は、ギターで「親父の歌」を熱唱します。


テレビドラマ「北の国から」で

黒板五郎が歌ったフレーズ

やるならいましかねぇ♬



私はずっと、劇中歌だと思っていました。











ギターを始めて、ここ数年

長渕剛の「西新宿の親父の歌」という曲と知り


歌のストーリーが大好きで

練習していたのです。笑







「西新宿の親父の歌」



怒鳴るけど、実は優しい

西新宿の飲み屋の親父。




ウチの父に怒鳴られたことは、一度もなかったけど

天まで届くよう、心を込めて歌います。